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井山梃子歴史館
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DeepLと破壊的イノベーション

論文の執筆にDeepLを使ったというツイートが話題になった.

自分はこの状況を破壊的イノベーションだと捉えている.つまり,現在英語を十分操れている人たちにとっては今の機械翻訳の出力はアラがあって使用に耐えないのだが,その他大勢の英語弱者にとってはDeepLに通す方が自分でうんうん唸るよりも流暢な英文が,簡単に得られるのだ.

かくいう自分も後者に属する.自分の英語力はアメリカCS大学のTOEFLスクリーニングをようやく突破できるくらい(CMUは無理)で,英語論文の読み書きはできるものの会話は難しい.しかし,それぐらいではDeepLの方が言い回しが自然な英文を生成してくれる.

もちろん,DeepLは文章の意味を正反対にしたり文を落としたりと「ひどい」間違いをすることはあるが,それは英文を見て修正が可能だ.しかも,変更に応じて自動で再翻訳を続けてくれるから,自分のスタイルに合わせて英語のスニペットを選び続けるとあっという間に英文が出来上がる.これはなかなかとんでもない体験だ.

一方で,DeepLの使用には次のような反論もある.


まさに破壊的イノベーションにおける既存顧客の意見である.例えば,国際学会で直接ディスカッションするときにわざわざDeepLを通すのは大変だし会話の流れを阻害してしまう.セッションの制限時間もある.それに,機械翻訳で生成された文章は無味乾燥でつまらない.それよりも自身の総合的な英語力を高めることが大事なのだ.この意見は正しいし,実際彼らはそのようにして生き残ってきたのであろう.

しかし,状況は変わりつつある.それには機械翻訳技術の向上という内的な要因だけではなく,COVID-19の蔓延という外的要因も考えられる.COVID-19の影響により,今年初めの国際学会の中止・延期が相次いだ.一方で,夏ごろからは学会をオンライン開催するケースも見られ始めた1.この場合,インターネットに乗った会話に対して音声認識技術を活用することができるのだ.

例えば,今年のGoogle入社試験はGoogle Meetを使っての英語コーディング面接だった.Google Meetでは相手の発話をリアルタイムに文字起こししてくれる機能があり,英語の聞き取りに大変便利だったことを覚えている.YouTubeの字幕機能も同じだ.国際学会やテックカンファレンスの発表をリアルタイムに聞き取るのは難しいが,どんどん出てくる字幕を読み取るのはまだ簡単である.もし字幕に翻訳文を出すことができたらどうなるだろう?少なくない人間が利用すると自分は予想している.

DeepLの登場によって機械翻訳の受容は一つの段階に達したと感じている.冒頭のツイートのような意見を目にする機会は明らかに増えた.彼らはこれからもDeepLを利用し続けていくことだろう.英語の初学者がDeepLに頼るというケースも増えていくと考えている.機械生成された英文の氾濫は拡大していくに違いない.熟練した英語話者もそのような英語と付き合っていくことが増えれば自身の中の基準が変わっていくことは予期できる.もしかしたら機械翻訳に適した文章が良い文章とみなされる日も来るかもしれない.結局のところ英語は非ネイティブスピーカーの方が多い言語なのだ.非ネイティブの需要が機械翻訳市場を活性化させ,翻訳性能の向上につながる.それは非ネイティブ話者を引き寄せ,さらなる需要を喚起するであろう.機械翻訳がネイティブを上回るような,破壊的イノベーションの日は来るのだろうか?


  1. ところで,国際学会のオンライン開催の常態化により,タイムゾーンの問題から学会のローカル化が進むのではないかという逆説的な懸念を抱いている.午前4時のセッションに参加するのは二度としたくない体験だ. 

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