ノーと言ったのに、イエスと言われた朝——弱視トレーニングと「選ぶ権利」のこと。
朝、台所の窓から差し込む光がテーブルの上のコーヒーカップを照らした。私は「今日はやめよう」と呟き、パッチを外してソファに沈んだ。目が疲れ、視界の片側がぼんやりと滲む。子供の頃、医師に「治らない」と言われた言葉が、今も耳の奥でこだましている。
でも、その夜、スマホの画面が静かに光った。私が使っているトレーニングプログラムが、今日は「新しいゲーム」を提案してきたのだ。指先でタップするたびに、小さな星が画面を駆け抜け、視線を追うたびに得点が増える。最初は戸惑った。でも、ゲームの中の「選ぶ権利」——どの星を追うか、どのタイミングでタップするか——が、私の意思を少しずつ取り戻させてくれた。
一週間後、鏡の前で自分の目を覗いたとき、左目が少しだけはっきりと世界を捉えていた。涙がこぼれた。完治ではない。でも、自分で「やる」と決めた瞬間が、視界を変える力を持っていたことを知った。
もしあなたも、同じように「ノー」と言いたくなる朝を迎えているなら、小さな一歩を踏み出してみませんか。あなたの選ぶ権利が、新しい光を連れてくるかもしれません。
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