エンジニアリングで「リハビリの退屈」をハックする——Amblyotubeの設計思想
Metaの新デバイス「Muse」——見た目はLabubu風のキッズトイでありながら、中身は大人専用のAIデバイス。このギャップを見たとき、私は開発者として、同時に「弱視(lazy eye)」という悩みを持つ一人として、強く心を打たれました。
見た目はおもちゃ、中身は本気。この二重性は、VRが医療やアクセシビリティという極めてシビアな領域で真価を発揮するための、生存戦略のようなものだと思います。
三年前の秋、私は自分の部屋の床に座り込んでいました。手元には、当時話題になっていたVRヘッドセットと、眼科で勧められた「遮眼訓練用のシート」と、どこかの通販で買った赤青メガネ。部屋には午後の薄い光が差し込んでいて、埃が舞うのが見えました。左目だけで文字を追う練習。五分。十分。十五分。文字が滲んで、頭の奥がずんと重くなります。何も変わらない。ただ、時間だけが過ぎていく。あの時の虚しさは、今でも指先に残る感触みたいに覚えています。
エンジニアとして「効率」を求める一方で、人間として「退屈」に耐えられない。そのジレンマをどう解決するか。コードを書くのは得意でも、自分の弱視と向き合うのは、全然別の話でした。
Seven Sportsの『Amblyotube』を知ったのは、去年の冬。Questストアをなんとなく眺めていた深夜のことです。「YouTubeを見ながら弱視トレーニング」というキャッチコピーに、最初は鼻で笑いました。そんな都合のいい話があるわけない。でも、スクリーンショットを見て、ふと指が止まりました。左右の目に別々の映像を提示する(dichoptic presentation)という言葉。技術的にあり得る。でも、それを「動画を見る」という日常の延長線上に置いた発想が、妙に胸を打ちました。
実際にヘッドセットを被って、アプリを起動した瞬間のことを覚えています。リビングのソファに深く沈み込み、ストラップを締め直す。レンズの向こうで、いつものお気に入りの科学解説チャンネルが再生され始めました。でも、何かが違った。左目には少しコントラストが強めで、輪郭がくっきりした映像。右目には少しぼんやり、色味も抑えめの映像。脳が一瞬戸惑って、それから――ふわっと、二つの像が一つに溶け合う感覚。あれ? と思って、思わず片目を手で覆ってみる。左目だけだと鮮明。右目だけだと薄い。でも両目開けると、不思議と自然に立体的に見える。
後でドキュメントを読んで納得しました。内部では左右の目のコントラストや空間周波数、動きなどのパラメータが独立して制御されているのだと。ユーザーは単に動画を視聴している感覚になりますが、裏側では治療用のフィルタがリアルタイムでかかっている。シェーダーベースで、カメラリグを二つ用意し、各目のレンダーターゲットに個別に適用しているらしい。UnityとMeta XR SDKで組まれていて、72fps、90fpsを落とさないように最適化されているのだとか。個々のユーザーに合わせた治療パラメータを動的に調整する部分なんて、エンジニアとして頭が下がる思いです。パフォーマンス制約の中で知覚品質を保ちつつ、って、それこそが一番難しいところだと現場を知る身として痛感します。
それから、私はほぼ毎日、この「動画を見るふりをしたトレーニング」を続けています。朝、コーヒーを淹れながら。夜、風呂上がりの濡れた髪のまま。三十分、四十分。気づけば一時間経っていることもあります。退屈じゃない。むしろ、次はどの動画を見ようかと選ぶのが楽しみになりました。左目の視力検査の数値が、半年で0.2から0.5まで上がった時、眼科の先生が「何か変わりましたか?」と聞いてきました。私は少し照れくさそうに、「VRでYouTube見てただけです」と答えました。先生は不思議そうな顔をして、カルテに何かを書き込んでいました。
「おもちゃみたいなデバイスで、大人の視機能を本気で鍛える」。このパラドックスを技術で解決し、リハビリという苦行を「娯楽」へと昇華させる。そんなプロダクトの在り方に、私は未来のアクセシビリティの形を見た気がします。
技術的な興味がある方も、そして私のように視覚の悩みを抱える方も。ぜひ、この挑戦的な実装を体験してみてください。
https://www.meta.com/en-gb/experiences/amblyotube/25906906972338493/
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