先ごろ、Superlogic での職を辞した。
テクノロジーを離れるのではない。ものを作ることから退くのでもない。そして、よくあるサバティカルを取るのでもない。
そのかわり、この次の章は家族に向き合い、非営利団体の立ち上げを手伝い、そして子どもたちに AI で本物の製品と事業を作る方法を教えることに使うつもりだ。
最後のそれが、私がいちばん関心を寄せている実験である。
私の子どもたちは、着想を動くソフトウェアに変える費用が急速に下がっていく世界で育っている。意欲のある人なら、いまや構想から試作まで数日、ときには数時間で進める。
だが、開発が速くなることが、自動的により良い製品を生むわけではない。
AI はコードも、デザインも、文章も、調査も、事業計画も生成できる。だが、どの問題が解く価値を持つのか、利用者が本当に気にかけているのか、どの妥協なら許されるのか、製品はいつ出荷できる状態なのか。それを確実に決めることはできない。
私が教えたいのは、そうした能力のほうだ。
目標はプロンプトの書き方を教えることではない
子どもたちを職業的なプロンプトエンジニアに育てようとしているのではない。
作り方を学んでほしいのだ。
それはつまり、こういうことを学ぶということである。
- 現実の問題に気づく
- 見込みの利用者と話す
- 前提を検証する
- 小さな最初の版を定義する
- AI を使って実行を速める
- 生成されたものを点検し、疑ってかかる
- 何かを公に出す
- 何が起きるかを測る
- それを良くするか、たたむか
AI の道具は重要だが、それが教科課程ではない。
教科課程は判断力である。
AI モデルにアプリを生成させられる子どもは、面白いことをやってのけた。だが、そのアプリがなぜ存在すべきか、誰のためのものか、どうやって収益を得うるか、どこで失敗しうるか、まず何を作るべきかを説明できる子どもは、はるかに価値のあることを学んでいる。
Senternet は私たちの工房だ
私は Senternet を立ち上げた。プロダクトとコンサルティングのスタジオである。この名前は新しくない。Senternet は 27 年前に興した私の最初の会社であり、いまそれを蘇らせるのは正しく感じられる。
製品を作り、アプリを生み、企業に助言し、新しい事業の着想を試す。そのすべてを覆う傘だ。子どもたちは、意味のあるところで参加する。受け身の観察者としてではなく、担い手として。
たとえば、こういうことに関わるかもしれない。
- 市場を調べる
- 製品に名前をつける
- 利用者に話を聞く
- インターフェースを設計する
- マーケティングの素材を作る
- 試作品を試す
- 解析データを見る
- 次に何を作るかの判断を手伝う
顧客の仕事になる案件もあれば、自分たちの製品になるものもあるだろう。
事業になるものもあるだろうし、すぐに失敗するものもあるだろう。それは織り込み済みだ。
着想から実行までの輪をまるごと経験してほしい。居心地の悪い部分も含めて。曖昧な要件、外れた前提、不具合、拒絶、そして予想とは違う振る舞いをする利用者。
AI は、間違ったものをより速く作ることを容易にする。
唯一の防御は、考え方を学ぶことだ。
AI は使う。だが責任を外注はしない
私の経歴はエンジニアリング、セキュリティ、オペレーション、プロダクト、デザイン、そして経営にまたがる。CEO、CTO、COO、CISO として、また創業者として、作り手として働いてきた。
子どもたちに教えられるいちばん有用なことは、特定のフレームワークでも、プログラミング言語でもない。そういうものは変わっていく。
私が教えられるのは、システムについて筋道を立てて考える方法だ。
AI を使ってソフトウェアを生成するとき、彼らはこう問う必要がある。
- このコードは本当に動くのか。
- それは安全か。
- モデルはどんな前提を置いたのか。
- 私たちはどんなデータを集めているのか。
- そのデータは誰のものか。
- API が落ちたときに何が起きるのか。
- 規模が大きくなったとき、これはいくらかかるのか。
- 私たちは元の問題を解いているのか、それとも機能を足しているだけなのか。
- 誰かがこれに金を払うだろうか。
- そもそも、これは存在すべきなのか。
モデルは答えを出せる。
だが結果を引き受けるのは、依然として作り手である。
この区別は重要だ。とりわけ、そうでなければ「もっともらしい出力」と「正しい出力」を同じものだと思って育ちかねない子どもにとっては。
BeeReady は現実の問題を与えてくれる
私は BeeReady でも活動する。妻の Andi Senter、同じく医師で母親でもある Elda Fisher、そして私が共同で立ち上げた非営利団体だ。
BeeReady は、青少年のスポーツイベントにおける緊急時の備えを良くすることに取り組んでいる。心肺蘇生と AED の講習、目に見える形のボランティア対応チーム、そして救命機器へのより良いアクセスを通じて。
私は CTO 兼 COO を務める。
つまり、技術、運営、社内システム、ボランティアの調整、データ収集、そして組織を育てるのに必要なインフラを支えるということだ。
これは教室の演習より良いものを与えてくれる。
現実の制約を与えてくれるのだ。
非営利団体の予算は限られている。ボランティアの時間も限られている。利用者は緊張していたり、気を取られていたり、技術に不慣れだったりする。システムはグラウンドで、プールで、地域の催しで動かねばならない。ソフトウェアは、作るのが面白いというだけの理由では存在できない。
摩擦を減らさねばならない。
使命を支えねばならない。
そしてこの場合、失敗は重い意味を持ちうる。
それが BeeReady を、プロダクト開発と運営と責任ある技術を教えるための、稀なほど意味のある環境にしている。
技術スタックより過程のほうが重要だ
私たちは現代的な AI 支援の開発ツールを使う。コーディングエージェント、デザインツール、自動化のプラットフォーム、クラウドサービス、解析、そして従来型の開発環境も含まれるだろう。
だがこの企てを、道具の羅列にはしたくない。
道具は変わるのが速すぎる。
繰り返せる過程のほうが重要だ。
- 現実の問題を見つける。
- 利用者を定義する。
- いちばん危うい前提を特定する。
- 最小の検証を作る。
- AI を使って作業を速める。
- すべてを批判的に確かめる。
- 現実の人の前に出す。
- 賛辞を集めるのではなく、行動を測る。
- 続けるかどうかを決める。
この過程は、製品がモバイルアプリでも、非営利団体の業務フローでも、コンサルティングのサービスでも、小さなオンラインの商いでも通用する。
それはまた、AI 支援の開発が、終わりのない試作品の量産に堕するのを防いでくれる。
出荷は過程の終わりではない。
出荷とは、現実がその仕事に採点を始める時点のことだ。
彼らは失敗するだろうと思っている
すべての企てがうまくいくとは思っていない。
もし全部うまくいったら、そのほうが心配になる。
誰も使わない企ては、位置づけを教えてくれる。
誰も買わない製品は、値づけを教えてくれる。
分かりにくい導入の流れは、設計を教えてくれる。
セキュリティの誤りは、脅威モデリングを教えてくれる。
三週間かけて何の価値も生まなかった機能は、範囲の制御を教えてくれる。
狙いは、SNS 向けに見栄えのする公開の連続を製造することではない。
狙いは、失敗を自分の不出来と混同することなく、立ち直り、適応し、作り続ける力を育てる手助けをすることだ。
AI は実験の費用を下げる。それは、思いついたすべての着想に執着することではなく、着想をより進んで検証することにつながるべきだ。
これは教育の実験でもある
従来の教育は、しばしば分野を切り分ける。
プログラミングは一つの科目、ビジネスは別の科目。文章、デザイン、財務、運営、マーケティングは、またどこか別の場所にある。
だが製品を作ることは、そのすべてを一つに束ねる。
小さなソフトウェアの企てひとつが、学ぶ者に、明晰に書き、数学的に考え、利用者を理解し、トレードオフを評価し、時間を管理し、判断を説明し、批判を受け入れることを要求しうる。
AI はどの段階でも助けになるが、同時に新しい教育上の問題も生む。学ぶ者が、自分でも理解していない成果物を作れてしまうのだ。
だから規則は一つ、単純にする。
自分が作ったものを説明できなければならない。
生成されたコードの一行一行を暗記せよ、という意味ではない。職業の開発者もすでに、自分が書いていないフレームワーク、ライブラリ、抽象、道具に頼っている。
その振る舞い、限界、リスク、目的について筋道を立てて語れる程度に、その仕組みを理解している、という意味だ。
なぜ動くのかを説明できないなら、まだ終わっていない。
何について書くつもりか
この実験をここに記録していくつもりだ。
たとえばこういったことを。
- どうやって企てを選ぶか
- コーディングエージェントを責任をもって使う方法を、どう子どもに教えるか
- AI 支援の開発がうまく働くのはどこか
- それが隠れた問題を生むのはどこか
- 製品の着想をどう検証するか
- 小さな家族の企てをどう組み立てるか
- 非営利団体の技術づくりから得た教訓
- 私たちが犯す誤り
- 私たちが公開する製品
- 私たちがたたむと決めた企て
とりわけ関心があるのは、ソフトウェアを生成することと、事業を築くことのあいだの隔たりだ。
その隔たりは、いまも巨大である。
AI は実装を安くしている。だが顧客理解も、流通も、判断も、リーダーシップも、説明責任も、時代遅れにはしていない。
多くの場合、むしろそれらをより重要にしている。
少し違う種類のキャリアの一手
勤めを辞めることは、しばしば起業への劇的な跳躍として語られる。
これは違う感触がする。
私は一つのスタートアップにすべてを賭けているのではない。スタジオを築き、非営利団体の運営を助け、子どもたちともっと時間を過ごし、一緒に着想を試せる場所を作っている。
キャリアの大半を通じて、私は企業が製品を作り、技術的な問題を解くのを助けてきた。
いまはその経験をもっと直接に用いたい。そして家族の次の世代に、ただ消費するのではなく、創り出す方法を教えたい。
私たちは AI を大いに使うだろう。
同時にそれを問い、試し、出力を退け、そして自分たちが世に出すものに責任を負うだろう。
AI とともに作ることのなかで、そこがいちばん大事な部分だと私は思っている。
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